2013年1月19日土曜日

Hood パフューム・ジニアス (Perfume Genius)

下のミュージック・ヴィデオは多少見るのが辛い。無論実際にはヴィデオの中で何が起こるわけでもないのですが,それでも見ているといたたまれない気持ちになります。そしてこう感じるのは私だけではないはず。
ただ,ヴィデオとは違い,曲自体は好きな人に本当の自分を見せる不安を歌ったもの。ちょうどEd SheeranのKiss Meの歌詞にあるように「見つめるその目が好きなのに,怖くて本当の自分を見せられない」。こちらはなんなく理解できますし,こういう気持ちは誰に覚えがあるのではないでしょうか。
It's a bit hard for me to watch the music video below.  Actually, nothing happens in it, of course but still I feel uncomfortable to see it.  I'm sure I'm not the only one.
Unlike the video, the song itself is about the fear of showing yourself to someone you love as Ed Sheeran wrote in the lyrics of "Kiss Me."  It goes like this; "I'm falling for your eyes but they don't know me yet." That I can easily relate to and I'm sure everybody does, too.
Hood  (Perfume Genius)
(Audio)
You would never call me baby
If you knew me truly
Oh, but I waited so long for your love
I am scared baby that I can't keep it up for long

Oh, I wish I grew up the second I first held you in my arms
Underneath this hood you kiss, I tick like a bomb

You would never call me baby
If you knew me truly
Oh, but I waited so long for your love
I will fight baby not to do wrong **

きっともうベイビイなんて優しく呼んでくれないね
本当の姿を見せちゃったら
だって振り向いてもらいたくて,今までずっと隠してきたのに
それが無駄になっちゃうんだ
だから不安でたまらない もうじき堪えきれなくなりそうで

初めて抱きしめた時,すぐ大人になれてたら良かった *
今こうしてキスされてるけど
それはフードを被った仮の姿
本当の自分はその下に隠れてて
時限爆弾のタイマーみたいに
なにもかもぶちまけてしまいそうになってる

だけど,もうベイビイなんて優しく呼んでくれないね
本当の姿を見せちゃったら
振り向いてもらいたくて,今までずっと隠してきたんだ
だから本当の姿を見せちゃうような
ヘマしないよう,とにかく必死で頑張るよ **

(補足)

この曲,歌詞が短い上に使用している単語も決して難しくありません。発音もさほど聞き取りにくくないので,聞くと何だかわかったような気になるのですが,これが和訳するとなかなか手強い。わかりやすくするために直訳します:

君は決して僕のことをベイビイとは呼ばないだろう
僕のことを本当に知ったら
ああだけど君の愛を求めてこんなに長い間待ったんだ
それを長くこのままにしておけないのが怖いんだ

初めて君をこの腕に抱いた時,その瞬間にすぐに大人になれてたら良かった
君がキスしているこのフードの下で
僕は時限爆弾みたいにチクタク鳴ってる

君は決して僕のことをベイビイとは呼ばないだろう
僕のことを本当に知ったら
ああだけど君の愛を求めてこんなに長い間待ったんだ
だから失敗しないよう戦うよ

それなりに意味はわかると思いますが,なんといっても突然現れる「フード」という単語の違和感。どうしてここにフードなのか。ミュージック・ヴィデオでも下着姿でフードはかぶっていません。そもそも通常フードにキスはしないはず。何よりどうしてタイトルがHoodなのか。

メタファーです。頭部を覆い隠すフードは,本当の自分を隠す「仮の姿」のメタファーです。したがって,相手がキスしているのは,実際のフードではなく,主人公の仮の姿。だからこそ,その下の本当の姿を見せるのを主人公は怖れています。

また,この部分以外にも,この歌詞には文法的にこれでいいのか?という箇所が登場します。

* Oh, I wish I grew up the second I first held you in my arms

I wish I grew up ~というからには,仮定法過去(現在とは逆のことを述べている)になります。したがって,「大人になれればいいんだけど」と言う訳文になると思うのですが,仮にそうであるとすると,I first held you in my armsの箇所と整合性が保てません。

文法的には,I wish I grew up the second I first hold you in my arms,あるいは
I wish I had grown up the second I first held you in my armsのいずれかだと思うのですが,原文はどうやらI wish I grew up the second I first held you in my armsのようです。

一体,仮定法過去なのか,仮定法過去完了なのか。

前者ならまだ主人公は相手を抱きしめていませんし,後者ならすでに抱きしめています。

ただ, I waited so long for your loveと過去形になっているので,すでにyour loveは手にしているでしょう。もしまだ手にしていないならば,I'm waiting so long for your loveと進行形になると思われます。したがって,文脈から言って後者(仮定法過去完了=すでに抱きしめている)だと思うので,訳文はそのようにしています。

** I will fight baby not to do wrong の箇所も要注意です。辞書には,do wrongは「処置を誤る」「邪なことをする」と出ています。どちらの意味で使っているかは判然としません。訳文は前者の意味で作っていますがあくまでも私個人の見解です。

(余談)

このhoodという単語,日本語だとフードなのですが,英語の発音はフッドです。(Ed Sheeranがよく着ているパーカ,あれは英語で言うとhoodieですが,発音はフディに近い感じです)。

このミュージック・ヴィデオ,YouTubeで「家族で見るには不適切」とされたとか。無論我が家に子どもはいないので問題なく見られますが,お子さんがおいででガードをかけたPCだと見られないかもしれません。その時はその下のAudioのヴィデオをご覧ください。

Perfume GeniusはMike Hadreasのステージ・ネームですが,彼はゲイを公言しています。

8 件のコメント:

  1. 本当に美しくて、せつない曲です。英文の詩を読んだ時に、hoodとI wish I grew up ~と、not to do wrongのところがよくわからない、と思ったので、今日はそこが集中的に解説してあって、大変うれしかったです。なるほど、です。(最後のI will fight baby not to do wrongのところは、隠し通す方向で頑張るのではなくて、本当の姿を見せる方向でがんばるのかな、と思っていました。)また、自分の本当の姿、というのもわかっているようでわかっていなかったりするしなあ、ということも思いました。(自分の中では完全自己否定しているようなことでも、相対的にみるとそうでもないらしく、「アナタは全然そんな人ではない」と他の人に言われたり。他の人に対してそう思ったり。)それから、最初にビデオを観た時、すぐに、ゲイの方のカミングアウトの曲、と単純に思ってしまっていたのですが、ゲイの方の場合、お相手も既にゲイの方なわけで、何も今さら彼に対してカミングアウトする必要はない。他にももっと秘密にしておきたいことがあるんですよね・・・。(当然ですね)それとも、実は家族なんかに向けてカミングアウトする、ということを歌っているのかな、と思ったり。短い曲ですがいろんなことを考えさせられました。

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    1. コメントありがとうございます。個人的にはこの曲の最後の部分「I will fight baby not to do wrong」には2つの異なる解釈が存在するような気がします。
      無論,どちらも「本当の自分を見せたら相手に拒否されるかもしれないという不安」であることは間違いありませんが,その「本当の自分」が:
      ①社会的・道徳的に見てさほど問題のない「自分」
      (ex. フェティシズム)
      ②社会的・道徳的に見て問題になる「自分」
      (ex. 虐待)
      のどちらであるかによって,最後の訳文が大きく変わってしまいます。
      個人的には前者と考えたかったので,その解釈で訳文を作っていますが,英語歌詞からは後者の可能性も強く読み取れます。
      仮にそうだとすれば,最後の訳文は現在のものよりもより気味悪さを感じさせるものになると思われます。そしてそれを感じ取ってしまうからこそ,あのヴィデオに居心地の悪さを感じるのかもしれません。

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    2. また、なるほど、です。この歌を聞いて、詩を読んで、ビデオを見て、なんだかよくわからない、と、実は昨日一日、ずっと反芻してしまっていました。(また、詩が短いから記憶できちゃって)しかし、返信を読ませていただいて、「本当の自分」が、②社会的・道徳的に見て問題になる「自分」。そう考えたら、すべての謎がすーっと解ける気がしました。自分で自分を認めるのが難しい、客観的にみても、言っちゃえば案外受け入れてもらえるかもしれない(①だったらなんとかこちらの範疇に入れられそうです)、なんて思えるような事柄ではない。相手には、理解してほしいけど、とても言えない。そんな苦しい気もちが伝わってくるからこそ、この曲がこんなに美しく切なく響いてくるんだ、と思えばすべて納得でした。

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    3. この曲を聴いて真っ先に思い出したのが,Little Children (2006)という映画でした。登場人物の一人に性犯罪者がいるのですが,一般的な映画と違い,彼の立場からも性犯罪の問題を描いています。特に誰が悪いわけでもないのに悲劇が起こってしまう。世の中は善悪の二元論で片づけられるほど単純ではないと観るものに考えさせる優れた映画だったと思います。観た後で幸せになる映画ではありませんが機会があれば是非。

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  2. はじめまして、yukoと申します。ed sheeranを検索していてこのサイトを発見して以来、お世話になっております。日本版cdにある和訳はツッコミどころ満載で自分で和訳していたのですが、よくわからないところも多く…vestige様の対訳はいつも目からうろこです。最高です、大好きです、およげ!対訳くん。私のこのサイトにたいする愛情?を綴るときりがないので、これから小出ししていこうと思います。ふふふ。
    以前どこかのサイトで、このMVは「衝撃的なMV」のひとつとして紹介されていました。確かにそうかもしれませんが、私は、悲しさや切なさ、痛みを感じます。恋人や家族に対してさえ、みんなhoodをかぶっているんじゃないかなあ、と思う今日この頃です。さみしいかな。よく分かりません、まだまだ思春期です(笑)
    長文で失礼いたしました。寒いのでご自愛ください。またお邪魔いたします。

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    1. コメント並びに過分なお褒めのお言葉ありがとうございます。いやいやどうか遠慮などなさらず,是非本館に対するyuko様の「愛情?」をこちらのコメント欄でご披露ください。個人的にそういう「熱い方」に人並み以上に親近感を覚える方でございます。
      それはともかく,このHoodという曲,聴いた瞬間に心を掴まれました。本当の自分を見せたいけれど,見せてしまったら大切な人を失ってしまうかもしれない。けれどhoodを被ったままの自分でいることにも耐えられない。人間なら誰しも経験する切ない想いのこもった素晴らしい曲だと思います。
      さて,別館(twitter)でも余談を展開しております。まだおいでになっていなければ,お時間があればそちらへも。お待ちしております。

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  3. ここでいうhoodはフードではなく、下町やドヤ街という意味でのhoodだと思います。
    hoodはそこから意味が転じて、外れものや世間に溶け込めない人々というメタファーにもなっています。
    このビデオを見れば分かるように、この歌はゲイがヘテロセクシャルの男に恋をして、そして報われないまま終わるというテーマだと思いますよ。
    hoodを読み違えると、全く違う歌になります。

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    1. コメントありがとうございます。仮に仰る通りだとすると,Underneath this hood you kissのthis foodは主人公自身を指すことになりますが,この場合,Underneath this hood (which/that) you kissという関係代名詞目的格が省略された形でありますから,kissしている主体は主人公ではなく相手です。仮にも相手からすでにキスされているのですから「報われない」というは少し違うような気がするのですがいかがでしょうか?

      また,次の連でも主人公は「You would never call me baby, If you knew me truly」と仮定法過去で言っています。直訳すれば「もしあなたがわたしのことを真に知ったなら,あなたは決して私のことをbabyとは呼ばないだろう」という意味です。仮定法過去の核は「非現実(=実際とは違う)」なので,実際には相手は主人公を現時点でbabyと呼んでいるわけです。

      このbabyという言葉は,辞書には「〈俗〉ベイビー、かわい子ちゃん、彼女◆親しい女性に対する呼び掛けとして使われるが、軽蔑的と感じられることもある。」と定義されています。一般的に見て,女性はこの言葉を比較的多用する傾向にあるように思われますが,男性の場合は基本的に女性に対して使う言葉です。したがって,Ryuji Yamamoto様が仰るように,相手が「ヘテロセクシャルの男」であるならば,主人公は女性と考える方が自然ですし,また「ヘテロセクシャルの男」であるならば,「ゲイ」の主人公にこの言葉を使うとは思われません。

      このように考えていくと,歌詞の文脈で,相手が「ヘテロセクシャルの男」で主人公が「ゲイ」という仮定が成立するためには,主人公が「生物学的には女性」であるが,「ジェンダーとしては男性」という性同一性障害を持つ「ゲイ」の人物でなければなりませんが,その場合(内面はともかく)外面的には「好きな男性に愛されている女性」という形になるはずなので,充分「報われている」と思われます。

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