MacklemoreのSame Loveにコメントを下さった方が,この曲でJanis Ianは「」と仰っているのをキッカケにしてこの曲を知りました。そこで歌詞を読み曲を聴いてみたところ,その方の仰っていることも一理あると思われました。
ただ,個人的には,この曲には,ゲイであれそうでない人であれ(容姿に恵まれた「クール」な人は除くとしても)ほとんどの人が共感できると思います。
TVドラマや映画で描かれる17歳というのは,往々にして華やかで輝いているものですが,実際にはそんなことは全くなく,むしろ不器用でバカであったりします。そういう意味で,この歌詞には大変共感を覚えます。
The background of the video below reads the album title, "Between The Lines." Yes, we should. Someone who commented on my post of "Same Love" brought me to this song, saying it sounds like the singer's expressing her sexuality in a more subtle and less straightforward way. Reading the lyrics and listening to the song, it seems to make sense to me.
I personally, however, think that most people, except for those 'cool' ones can relate to the song regardless their sexuality.
Mid-teens, including seventeens in TV shows and films are often beautiful and splendid but in reality we often find ourselves not that beautiful or splendid. We are rather more awkward and stupid. In that way, I myself relate to this song very much.
At Seventeen (Janis Ian)
That love was meant for beauty queens
And high school girls with clear skinned smiles
Who married young and then retired
The valentines I never knew
The Friday night charades of youth
Were spent on one more beautiful
At seventeen I learned the truth
And those of us with ravaged faces
Lacking in the social graces
Desperately remained at home
Inventing lovers on the phone
Who called to say - come dance with me
And murmured vague obscenities
It isn't all it seems at seventeen
A brown eyed girl in hand me downs
Whose name I never could pronounce
Said - pity please the ones who serve
They only get what they deserve
The rich relationed hometown queen
Marries into what she needs
With a guarantee of company
And haven for the elderly
So remember those who win the game
Lose the love they sought to gain
In debentures of quality and dubious integrity
Their small-town eyes will gape at you
In dull surprise when payment due
Exceeds accounts received at seventeen
To those of us who knew the pain
Of valentines that never came
And those whose names were never called
When choosing sides for basketball
It was long ago and far away
The world was younger than today
When dreams were all they gave for free
To ugly duckling girls like me
We all play the game, and when we dare
We cheat ourselves at solitaire
Inventing lovers on the phone
Repenting other lives unknown
That call and say - come on, dance with me
And murmur vague obscenities
At ugly girls like me, at seventeen
17歳だったけど
世の中の真理ってものに気付いたの
周囲から大事にされるのは
見た目がかわいい女の子や
きれいな肌で笑顔のステキな女子高生で
そういう女の子は
若いうちに結婚して
すぐに引退しちゃうんだ
ヴァレンタイン・デーなんて関係なかった
金曜の夜のパーティだって
そこの参加できるのは
ルックスに自信のある人ばかり
17歳だったけど
世の中の真理ってものを学んだの
だから自分みたいに
見た目が暗くてイケてなくて
性格もパッとしないそんな子は
理由をつけて家に引きこもった
電話の向うには
何人も恋人がいて
ダンスに誘ってくれたり
ちょっとエッチな話をしたり
そんな風に妄想してた
17歳の時っていうのは
外からはわからないこともあるんだよ
知り合いにもらいものの服を着た
茶色い目をした女の子がいた
どうやってもちゃんと発音できない
そんな名前の子だったけど
その子がこう言ったんだ
「かわいそうな人達よ
あんなことしていたら
自分の首を締めるのに」
地元でモテモテだった美人のあの子は
お金のために結婚した
そうすれば友達にも事欠かないし
老後の心配もしなくていいから
だから覚えておいて
ああいう「勝ち組」の子たちは
誰かを好きになることよりも
経済的な安定とか
つまんない世間体を選ぶんだ
広い世界を知らなくて
小さな世界のものさしでしか
物事をはかれないから
あんたを見て呆れるはず
17歳の時 *
入ってくるものよりも
出ていくものの方が多かったら
ヴァレンタイン・デーにも縁がなくて
バスケット・ボールの試合の時にも
一度もメンバーに選ばれなかった
そういう経験をしてるなら
言ってあげたいことがある
あんなのは遠い昔のことなんだって
今とは比べものにならないほど
未熟な世界で暮らしてたの
ただで手に入るのは
「夢」くらいのものだった
こういうみにくいアヒルの子にはね
みんなゲームをしてるんだ
それでちょっと大胆になった時は
ソリテア(一人遊び)をしているのに
そうじゃないってフリをする
電話の向うには恋人が
何人もいるって妄想する
今とは違う人生を想像して
これでよかったんだって考える
その人生では
ダンスにも誘われるし
ちょっとエッチな話もするの
ちっともイケてない
17歳の子だったけど
(余談)
・・・17歳にとって「妄想」はすでに自分の分身ですし,オプションではない標準装備です。無論「若いっていいな,イエーイ!」を実践なさっている幸運な方もおいでになるでしょうが,そうでない方も決して少なくはないと睨んでおります。
今年もクリスマス・イヴに,日高昆布を手に街を彷徨いそうな予感がする昨今です。
vestigeさん、こんにちは。
返信削除確かに性別その他もろもろに関わらず、内容が違うだけで多くの人がその人なりにあてはまりそうですね。 (そもそもなぜ16でも18でもなく17歳に象徴的な特別感があるのかが不思議ですが)「17歳」を振り返れる段階にいる人でこの曲に全く何も感じないという人がいたら話を聞いてみたいくらいです。そうすればまさに「想像の中の別の人生」を垣間見られたりするのでしょうか。ただ共感する一方で、Inventing lovers on the phone~の辺りになると、耳を掌で塞いで「アーアーアー」と声を出しつつ、何も聴こえません、思い当たる節なんか全然ありませんと念じたくなってしまうのですが…。
個人的に特にこの3行が印象に残りました。
The world was younger than today
When dreams were all they gave for free
To ugly duckling girls like me
今更ポーズとして自虐を気取る意味など無く、ただ素直にそう思うという感触があって、過ぎてからその頃に目を向けたときの思いとして良くわかる気がします。
ところで、個人的にこういう無生物主語のyoungの雰囲気が好きなのですが、カタカナ語の「ヤング」になった途端に風情が壊滅するのが一日本人として残念でなりません。
コメントありがとうございます。やはりロメオ様もそうでいらっしゃいましたか・・・私も耳を塞いで「アーアーアー」のクチで,当時の自分の無駄なプライドと,それに反する惨状を思い出すにつけ,いやな汗が一筋流れてしまいます。
削除根拠など一切なかったにもかかわらず,何故か意味なく自信があり「今に世間をアッと言わせてやる!」と意気込んでいたのですが,その後「世間をエッ?と言わせる」ことは何度もあったものの,いい意味で驚嘆させたことはただの一度もないのが情けないところです。
それにしても日本語の「ヤング」の響き,確かに仰る通り「ヤング」と(日本語)で口に出した瞬間に「young」でないことを決定づけられてしまうような気がいたします。